読書感想文

 
「なんの本読んでるの?」

と、ぼくはクラスの子に声をかけられました。ぼくは、

「『蜘蛛の糸』だよ」

と言いました。そしたら

「ふ~ん」

と言われました。

 ぼくは、本を読むことが大好きです。なぜなら、知らない国に行けるし、知らない人と話せるし、昔にも未来にも行けておもしろいからです。ぼくに声をかけてくれたクラスの子は

「ふ~ん」

と言ってから、別の友達のところへ行ってしまいました。ぼくは、なんで話しかけてきたんだろうと思いました。ぼくは、本を読むとき、机に本をべたりと寝かせて読みません。背表紙のかたい所をとんっと置いて、ななめにして読みます。だから、表紙は見えると思います。題名も分かると思います。ぼくは、どうして話しかけられたのか分かりませんでした。本が好きなのかな? と思ったりしたけれど、そうでもないらしいです。(別の友達と話しているところを盗み聞きしちゃいました。ごめんなさい)

 ぼくは、本を読んでいるときに、話しかけられるのがちょっと苦手です。お話がとちゅうでとぎれてしまうし、ネタバレをされたらいやだからです。でも、もっといやだなあと思うことは、本の題名を言ったとき

「ふ~ん」

で終わっちゃうことです。ぼくは、もっとちがう本を読めばいいのかなあと悩んでしまいました。『ハリーポッター』とか『魔女の宅急便』とか、みんなが読んでるやつじゃないといけないのかなと思いました。本当は、ぼくが好きな本を読みたいのだけれど、題名を言ったのに興味がないような顔をしているのを見るのが、とてもつらいのです。でもぼくが本を読むときは、立てて読んでいるから題名はわかります。ぼくは、とても不思議です。そして、そっぽを向いてしまうと本がかわいそうになって、ぼくも悲しいです。

 ぼくは、どうやったら友達が話しかけてこないかなあと考えました。とびっきりいい考えを思いつきました! ブックカバーをつけるのです。ぼくのお姉ちゃんがブックカバーいらなくなったからあげると、ぼくにくれました。ぼくは、本をきれいにしていられる自信があったから、青と白のしましまのブックカバーをつけたことがありませんでした。だけど、つけてみようと思いました。

 いつものように休み時間に本を読んでいました。ぼくだけがこの本のことを知っているので、なんだかうきうきしました。すると、

「何読んでるの?」

と、今度はちがう子が話しかけてきました。ぼくは、作戦に失敗してしまいました。それは、きっと本の題名が見えないからだと反省しました。見えないと、もっと気になっちゃうということを忘れていました。

「『蜘蛛の糸』だよ」

とぼくは少し緊張して言いました。

「へえ~」

と言われました。ぼくは

「ふ~ん」

の他にも、苦手な言葉があるんだなと知りました。そして、ブックカバーが意味ないなあと思いました。するとなんだかブックカバーをつけているのが恥ずかしくなって、かばんにしまいました。

 ぼくは、本が大好きです。でも、本を読んでいるのはきらいです。だって、みんなが変な目で見てくるような気がしてしまうからです。

 ぼくは、友達に

「本読んでるからかしこいよね」

とよく言われます。ぼくは、本を読んでいる人がみんなかしこいとは思わないし、ぼくも、百点をたくさん取ることはできないので、勉強がよくできるとは思いません。いつもクラスで百点ばかり取る友達は、本がきらいだと言っていました。ぼくは、難しい言葉は分からなくて家族に教えてもらうし、算数の文章題はもっと分からなくて頭がばく発しそうになります。なのに、本を読んでいるのって、どうしてかしこいって思われるのでしょう。漫画だったらいいのかなあ。自分でお金をかせぐようになったら、コンタクトにしたいです。

国語の時間がとくに好きじゃないです。目で読むのも速くないのに、口で言うのはもっと速くないです。ら行を言うのが得意じゃないから、いつも、先生に当たりませんようにと願っています。当たったとしても、長い文章じゃありませんように、と願っています。

 一週間前の国語の授業で、ぼくは長い文章を読むことになりました。ぼくは、あんまり上手にすらすらと読むことができませんでした。漢字の読み方が分からなかったからです。ぼくは、分からなかったから止まってしまいました。すると、周りの友達がいっせいにぼくの方を見てきました。いつも本を読んでるのにこんな漢字も読めないの? と思われてそうな気がして怖い気持ちになりました。ほかにも、「鉄橋」を「てつはし」を読んでしまって、みんながクスクスと笑いました。恥ずかしい気持ちもあったけれど、隣の席の子に

「いつも読んでる本って、全部ひらがなで書いてあるの?」

と言われたことが、一番恥ずかしかったです。そして、もっとぼくの読んでいる本がかわいそうな気がしてしまいました。ぼくは、家に帰ってから、自分の部屋で本に向かって

「ごめんね」

と言いました。本が泣いているような気がしました。ぼくは泣いていません。

 こないだ、お姉ちゃんが家に帰ってきました。ぼくのお姉ちゃんは、学校の先生をしているので、ひとり暮らしをしています。久しぶりにお姉ちゃんに会えて、とてもうれしかったです。

 お昼ご飯を食べた後、お姉ちゃんは、スマホを見ながら

「まただ」

と言いました。

「どうしたの?」

とぼくが聞くと、

「インスタにね、みんな読みもしないような本を読んでいるアピールをするのよ。ちょっとおしゃれなカフェでおしゃれにコーヒーを飲みながら、読んでいる風なのよ。駅前にできたあのお店、カフェと本屋さんが一緒になっているお店あるでしょ? テラスにいる人で本を読んでる人なんて見たことないのよ。みんな本とコーヒーの写真を撮って、あとはひたすら友達とおしゃべりよ? 私が読んであげたいわ。その本」

と言ったので、ぼくは、

「お姉ちゃん、悪口言ってるの?」

と聞きました。道徳の授業で悪口やカゲ口はダメなことだよとやったばかりだったので、不安になったからです。しかしお姉ちゃんはこう言いました。

「これはね、悪口じゃないの。“ひにく”よ」

とぼくの知らない言葉をお姉ちゃんは使いました。

「ひにくってなあに?」

と聞いてみたら、

「お姉ちゃんが今喋ったようなことを“ひにく”っていうの。辞書で調べてみたらいいわ」

と言われました。でもぼくは、辞書を授業で使うのを覚えていたから、学校に置いたままです。調べることが出来ないけれど、お姉ちゃんにもっと質問したら、よくないように思ったので

「分かった!」

と言いました。今でも“ひにく”の意味は分かりません。

 ぼくの、本を読んでいるときに声をかけられないようにするにはどうしたらいいだろう作戦は、まだ続きます。今度は、もっといい考えを思いつきました。

 それは、図書室で読むということです。

 短い休み時間に、図書室に行くことは難しいからがまんしました。だけど、昼休みには図書室に行ってみようと思いました。

 ぼくは、図書室が好きです。なぜなら大好きな本がいっぱい並んでいるからです。ぼくの好きな『蜘蛛の糸』を書いた作家さんのもたくさんあるし、ぼくの知らない作家さんもたくさんいます。ぼくは、この図書室の本を全部読みたくなる気持ちになりました。いつも、図書室に入ると、本のにおいがして落ち着きます。ここで眠ってしまいたくなるくらい大好きです。(本がおもしろいから寝ないけど)

 あまり図書室で本を読むことはなかったので、どの席に座ろうか迷いました。窓際の席は日が当たってぽかぽかしてそうだったので、窓際の席に決めました。ぼくは、夢中でどんどんどんどん読むことができました。いつもより十ページ以上多く読むことができました。

 ぼくは、ななめ前に座った女の子が気になりました。ぼくは、その子が何の本を読んでいるのか聞きたくてたまりませんでした。でも、ぼくは、読んでいるときに話しかけられるのがきらいだから、決してその子に話しかけませんでした。ぼくは、えらかったなあと自分で思います。女の子だから、もしかしたら魔法が使える話とか、占いの本かも知れないです。

 その子の読んでいる本がよく見えなかったので、目をじーっとしてみると、「ちゃん」という文字が見えました。そして、その子がページをめくるときに、ページ一枚ではなく、本ごと少し閉じてめくってくれたので、本の題名を見ることが出来ました! びっくりしました。それは魔法が使える話でも、占いの本でもなかったからです! 決めつけてしまってごめんねと心の中で謝りました。その子が読んでいたのは、『坊ちゃん』だったのです! 

以前お姉ちゃんが

「『蜘蛛の糸』が好きだったらね。これも好きかも知れないよ」

とおもしろそうに話してくれた本の中に『坊ちゃん』があったのです! ぼくはうれしくてうれしくてもっと話しかけたくなりました。ちらちら見ていたら気持ち悪く思うかもしれないので、五行読んだらちらっと見るというルールを決めました。何回も『蜘蛛の糸』は読んでいるので、お話はほとんど覚えています。だから、そういうルールにしました。

 読んでいるときに話しかけるのをぐっと、ぐっと、ぐ~っとがまんして、ぽかぽかする気持ちをぐっとおしこめました。すると、ちょうどぼくがちらっと見たときにその子が本を閉じました。ぼくは、今ならいいチャンスだと思いました。だけど、図書室で声を出すことは、もっと周りから見られてしまします。ぼくは、話しかける前にそのことに気が付けて良かったです。

 もしかしたら、その子もぼくの本のことも気になってたかも知れません。だって、ブックカバーをつけていなかったからです。その子も『蜘蛛の糸』が好きかも知れないし、ぼくも『坊ちゃん』を読みたいし、話したいし。

 本を読んでいる人に話しかけるときは、このくらいドキドキしてほしいなとぼくは思います。

 今度、その子がちょうど図書室から出ていったときに、ぼくは

「なにを読んでたの?」

と聞こうと思います。だけど、いきなり話しかけると怖いと思うから、もっと図書室に通って、同じ席に座って、同じ本を読んでいようと思います。

 

 という紛れもない「読書感想文」を書いたのだが、「これは読書感想文じゃない」と一蹴されたことを今でも根に持っている。それなら「好きな本を一冊選んで」とか、書いてくれていたら良かったのに。配られたプリントに書かれていたのは、

 「読書感想文を書きましょう」

だけだったのに。

 “皮肉”を“ひきにく”と勘違いして、姉に「ひき肉ってハンバーグの?」と聞いたことは書いていないような気がする。僕は、過去の自分に「えらいな」と思った。